黛ジュン

黛ジュン
ここで、まただいぶ古い所に戻します。黛ジュンさんです。これ週間明星です。時期が難しいのですが、68年のようです。サイケデリックなボディペイントの水着姿という、なんかの特集だったのでしょうかね、明日以降もう2人の方が登場します。68年と思った理由は、このグラビアの後ろに出ているのが、ワイルドワンズの渡辺茂樹さんなんですね。この方がワイルドワンズに加わったのが68年1月、あっという間に人気になって、出ているんだと思います。ワイルドワンズもその年ヒットが出ているので。夏くらいの掲載ではないかと。そうすると黛ジュンさんもヒット連発の時期です。ちなみに、黛ジュンさんは48.5生まれですので、19歳か20歳というところです。
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ローラ・ボー

ローラ・ボー
ローラ・ボーさんは、アルコール依存症で長い間苦しんだのだそうです。妊娠期間は、お酒を飲まないでいられるという事で、アルコール依存症でない証明で、何度も妊娠をしたって、、、へぇ、7人もお子さんがいるそうです。でも、生まれるとすぐ飲んじゃうんだって。一度は死にかけたそうです。自伝にそう記されてるそうです。この頃はまだお酒は飲んでないそうです。結婚して家庭内暴力に耐えかねてだと。色々とご苦労な人生です。

ローラ・ボー

ローラ・ボー
ローラ・ボーさん、プロゴルファーです。これは、前日のキャンディーズのちょうど裏ページなんです。ですので、77年3月頃の平凡パンチ。珍しく外国人です。ボーさんは55.5生まれなので、21歳の頃です。この方は、ゴルファーとしては、精神面が弱くて、優勝経験がないそうですが、一時日本ではすごいブームでした。日本人受けするルックスなんですね、きっと。

キャンディーズ

キャンディーズ
キャンディーズがこの曲を歌ったこの衣装は衝撃的でした。思わず食い入ってしまった。ラン55.1 22歳、ミキ、スーは56.1,56.4ですから21歳、デビューして4年くらいの頃です。まだヴィデオを持っていなかったのが残念で残念で。

ピンクレディー

ピンクレディー
すみません、あまり興味がないので、どの曲かもわかりません。そうかwikiを見ると、77年の初めは、、、、カルメン77なのかな。衣装は何となくそういう雰囲気かも。二人とも19歳くらいですね。この77年は、ピンクレディーにとっては、寝る暇もないくらい忙しくなる年ですね。そういう意味では、もう既に売れているけれども、まだ初々しさが残っている写真かもしれません。

キャンディーズ&ピンクレディ

キャンディーズ
1977年3月頃の平凡パンチです。グループ歌手としては今まででトップクラスの2組です。衣装でわかりますが、優しい悪魔がリリースされたのが1977年3月ですので、その当時の物です。

ザ・リリーズ

リリーズ
ザ・リリーズ、いいですよねぇ。好きなアイドルです。今も頑張ってらっしゃるのは何となくすごい。と言いながら、まださほどの年齢ではないんだから当たり前か。自分と働きだしたときが同じなので、つい、えらく長いと思いますが、自分より10年若いんですから、まだまだでございます。

ザ・リリーズ

リリーズ
デュオが続いております。ザ・リリーズの折り込み、そのため真ん中に折り目が入ってます。雑誌は、平凡パンチか、プレイボーイ不明です。1978年6、7月頃ではないかと思われます。「太陽がいっぱい」が発売中とありますので。この頃からヒットがないんですよね。「好きよキャプテン」はこの3年前。でも、この時点でまだ17歳です。60年12月生まれ、二人ともって当たり前でんがな。

キャッツ☆アイ

キャッツ・アイ
これが最後のページ。健康的で明るい感じだったのですが。本当に活動は短かったですね。

キャッツ☆アイ

キャッツ・アイ
右の方ナナさんはモデル出身だそうです。左の方ノンさんはオーディション。二人とも160センチ台。

キャッツ☆アイ

キャッツ・アイ
見開きの左ページです。こちらはノン(大谷親江)さん。58年2月生まれで、この時18歳。

キャッツ☆アイ

キャッツ・アイ
見開きの右ページ。こちらは山中奈々さん。58年7月生まれの18歳。

キャッツ☆アイ

キャッツ・アイ
キャッツ☆アイ、連続して2人組です。こちらは少し早くて、これは1977年8月から9月頃の週刊プレイボーイ。色々な事があり、1年ほどで事実上の解散になったグループです。1枚目のシングルがヒットして2枚目を出すためのプロモーションで、グアムで撮影したようです。今回、キャッツ☆アイが正式な名前だったと言うのをWIKIで知りました。

BIBI

BIBI
BIBI、小西直子さんで検索しても、あまり情報は取れなくて、早坂さんでほとんどの情報を取って、掲載時期などを調べました。すでにお二人とも結婚、引退をしているようです。

BIBI

BIBI
見開きの左ページです。下のと合わせると全体になります。こちらは、早坂あきよさん。この方も170センチ、背が高いです。こちらは、1962年2月生まれ、この当時で17歳です。写真で見ると二人とも同じくらいの背丈なのであまり感じませんが、他の方と共演すると、見事に背の高さを感じました。

BIBI

BIBI
2ページ見開きの右側。小西直子さんこの方身長が170以上あるんですね。1961年11月生まれなのでこの当時17歳です。

BIBI

BIBI
BIBI、バスボンガールです。これは1979年6月頃のプレイボーイ。第2弾のレコード発売前です。

伊藤かずえ

伊藤かずえ
これが最後のページです。伊藤さん、今度プレイガールに出るそうですね。なかなか元気で御活躍の様子、喜ばしいことです。

伊藤かずえ

伊藤かずえ
これも2ページ見開きです。お、おおと当時は思ったものでございました。

伊藤かずえ

伊藤かずえ
2ページですので、少し右のほうが切れていますが、画像クリックするとちゃんと見えます。このごろの明るい感じとは大分違う、ちょっと影がある感じで売り出したので、こういう雰囲気が多いですね。

伊藤かずえ

伊藤かずえ
ここからがグラビアです。なかなか大胆な姿を見せています。でもまだとても幼い顔立ちですよね。この方は、あまり変わった感じがしません。

伊藤かずえ

伊藤かずえ
伊藤かずえさん、1983年5月から6月頃と思えます。掲載誌は週刊プレイボーイ。伊藤さん16歳。生年は1966年12月という事ですので、それから計算して。記事の中に、次の事が出ていますので、そこからの類推です。TBSで高校聖夫婦(83.4~9)に出演、NHKだから青春泣き虫甲子園(83.6~10)、アルバム悪魔の花嫁好評発売中(83.3リリース)

かとうかずこ

かとうかずこ
最後のページです。記事が切れてしまっているのは、のり付けがしてあったからです。

かとうかずこ

かとうかずこ
左のほうの白いのは剥がした跡です。まだ舞台女優さんのような雰囲気があります。

かとうかずこ

かとうかずこ
これ見開きなんで、真ん中にいつものように。ところで、かとうかずこさん、現在はかず子と表記されているんですね。いつからかなぁ。色々とありましたので、どっかで表記を変えたのでしょうかね。

かとうかずこ

かとうかずこ
ここからがグラビアです。昨日のは、折り込みページ。なかなか刺激的なコピーが付いております。ブラウン管にデビューというのはかなり時代を感じますが、その前の言葉も刺激的です。つかこうへいさんぽいと言えばぽい。芸能と芸術、似て非なるものなんでしょうな、彼の頭の中では。芸能人と芸術家と言うと、後ろに付く文字まで変わりますから。印象はもちろんのこと。

かとうかずこ

かとうかずこ
かとうかずこさん、まだつかこうへいの舞台の頃です。1980年1月頃の週刊プレイボーイ。この段階で、4月からのTBSのドラマ「マリーの桜」の主演となっている事と、2月に舞台があると書いてありますので、1月頃と判断しています。かとうかずこさんは58年2月生まれですので、21歳のころ。

桜田淳子

桜田淳子
桜田淳子さん、割とグラビアに出ていて、ストックも結構ありますので、今後定期的に。それはそれとして、この頃のカレンダーは1000円なんですね。すでにプレゼントの締め切りが終わってから35年以上経っておりますので、間違えても問い合わせなどをしないように。

桜田淳子

桜田淳子
今まであまり意識した事がなかったのですが、桜田淳子さんって体鍛えていたんですねぇ。おなかの状態を見ると、すごい。18歳の段階でそれだけの意識を持って仕事をしていたんだとすると、その後はなんだか可哀想だなぁという気がします。

桜田淳子

桜田淳子
このグラビア(翌年のカレンダー)の頃は「夏にご用心」がヒット(オリコンで2位)した後の、「ねぇ、気がついてよ」が連続ヒット(オリコンで2位)という時期です。当然気合を入れて作ったカレンダー、だったんでしょうね。
プロフィール

ひろ

Author:ひろ
1951年生まれ昭和40年代(1965年から74年)はちょうど中学から大学生。平凡パンチ、プレイボーイは中学のときに創刊されました。中学64年から66年、高校67年から70年、大学は71年から74年。なぜか大学に行くまで1年飛んでますが。飛び級か、もしかして。

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