桜田淳子

桜田淳子
この当時ものすごい人気だったのですが、それがどうしてある宗教に入っているということで、あれだけバッシングされたんだか。この国のマスコミには、宗教信条の自由という言葉はないんでしょうね。まあ、合同結婚式というだけで、叩きまくって、結果としてこの方は、現在引退状態です。もったいないよね、本当にすごい人気だったんだから。このグラビアよりも後だけれども、僕は個人的に井関の「やっぱしサナエだべさ」というのがすごく好き。そういえば、この前フランスに行ったら、レストランの庭整備に井関の機械を使っていたので、淳子さんを思い出してしまいました。
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桜田淳子

桜田淳子
1977年のカレンダーからだそうです。掲載されたのは週刊プレイボーイの1976年9月ないしは10月頃。もう少し遅いかもしれないのですが、「ねぇ、気がついてよ」がヒットしていると書いてあるので、9月頃と思われます。当時桜田淳子さんは58年4月生まれですので、18歳、花も盛りでございます。

青山ミチ

青山ミチ
これは、今までとは違う号に出たものです。平凡パンチの1968年新年最初の物。以前にも小山ルミ、山本リンダが出ていた混血のタレントさんの特集のページ。全く同じ水着ですので、同じ時に撮った物の再利用だと思います。

青山ミチ

青山ミチ
どちらかというと、左のモデルガンのほうに目が行っちゃう人もいるかも。規制前の物です。欲しかったけれども高かったんですよね。67年当時で4000円。高校生ではありえない金額でした。
なお、掲載は、67年5月頃ですね。最新曲男ブルースとあり、発売は67年4月1日ですので。

青山ミチ

青山ミチ
この方歌上手だったのですが、色々とトラブルを起こして。この頃が最後かもしれないです。

青山ミチ

青山ミチ
またもや古いものに、かつモノクロ。1967年の平凡パンチ時期は不明。青山ミチさん、デビューしてからすでに6年位、ポリドールからクラウンにレコード会社を変えたと書いてありますので、67年くらいと推定。49年2月生まれですので、この当時でまだ18歳、13歳でデビューです。でも歌手としては、すでにピークを過ぎています。この後ヒットはなかったかと。

少女隊

少女隊
左上にコンサートのスケジュールが出ています。このプロモーションのためのグラビアだったみたい。大きな会場ですが、うまく行ったのかな。よく知らなくて。

少女隊

少女隊
REIKOさんとMIHOさんのページです。お二人とも16歳の頃。

少女隊

少女隊
3ページめ、この当時に新しく加入したTOMO、この時点でまだ13歳、はっきりいってちょっと違和感がありました。ここには書いてありませんが引田天功さん(もちろん今のではなくて先代)の娘さんです。引田さんは、僕の前に住んでいたところに住んでいたので、どっかで出会って、るわけないか。僕がガソリンを入れるスタンドに引田さんの車がよく停まってました。

少女隊

少女隊
このグループ、結果としてはあまり売れなかったんですよね。一番売れた頃が、このグラビアの頃だと思います。歌もチャートに入って。最初はテレビにあまりでないと言う事だったですが、この頃から出始めていると思います。デビューのときにものすごくお金をかけたと言うのが話題でしたが、そういうのはなんだか。

少女隊

少女隊
こちらは手持ちの中でも新しいものです。少女隊、それもメンバーが変わった後です。記事の内容から見ますと1986年3月頃の週刊プレイボーイ。今までの中でも一番新しいのか?。

辻沢杏子

辻沢杏子
これが最後のページです。ちょとぷっくりいいですよね。

辻沢杏子

辻沢杏子
1ページめの三原順子派というのの回答がこのページの左に出ているのですが、印刷が薄いので読めないですね。2か月前に編集部に、三原順子さんのファンの方から似ているけれどももっと優しい感じの人がデビューしたので、取り上げてほしいと言うのが来たというような事が書いてあります。三原順子さん、そうかなぁ?。

辻沢杏子

辻沢杏子
今は名前を辻沢 響江(読みは同じ)さんとしているそうですが、「翔んだライバル」の頃は辻沢杏子でしたので、こちらで。このドラマは1981年4月から9月までですので、このグラビアの時期は、1981年の4,5月頃、週刊プレイボーイだと思います。このドラマは面白かったですねぇ、柳沢慎吾さん、この番組以来好きです。辻沢さんは62年4月生まれですので、19歳になったばかり、もしくは撮影時は18歳か、まあ丁度誕生日の頃に撮影したと思っていいのでは。リンゴちゃん役で、かわいらしさ満開の頃です。

早見優

早見優
と最後にプロフィールなどが書いてありますが、これでは時期を特定できませんでした。最終ページです。

早見優

早見優
網タイツ、大好きです。良いですよねぇ、こういう格好。このグラビアを保存してたのはこのページがあったからです。(多分)もちろん早見優さんのファンであったからですが。これは2ページだったものを一つにしていますので、真ん中に線が入っているのはご容赦を、でもあまり目立たないでしょ。右のほうが切れてますが、元のは、写真をクリックしてください。

早見優

早見優
なんとなくですが、やっぱチープ感が漂ってますよね。そう思うのは僕だけなのかなぁ。

早見優

早見優
これ、全部コスプレなんです、後ろは別のを映して合成、にもなってないか。

早見優

早見優
いつ頃の物か全く分からないものです。紙の質も普通と違うので月刊平凡か明星のどちらかではないのかなぁと。早見優さんの雰囲気も、デビューして少し経った頃かなぁと思うのですが。とすると83年から84年ころ?17,8歳というところではないのかと思います。撮影の杉山さんでも調べたのですが、適切なものはなく、時期、出版元など不明のままです。

本田美奈子

本田美奈子
これが最後のページです。左側にコマーシャル入り。集英社ですが明星としてなんですね。

本田美奈子

本田美奈子
本田美奈子さん、これを書くにあたり、ちょっとWikiを見ると、その内容の濃いこと。若くして亡くなると、そのショックはファンの方に強く残るのかも。もう8年もたつんですね。丁度お盆の時期という事ではないのですが。

本田美奈子

本田美奈子
2ページのグラビアですので、真ん中で切れています。一部お見苦しい点はご容赦を。

本田美奈子

本田美奈子
写真集「美奈子 BATHROOM ANGEL」が集英社から出版されたのが86年10月ですからそのプロモーションで、週刊プレイボーイのグラビアに出たものだと思われます。ですので、86年の9月くらい。本田美奈子さんは67年7月生まれですので、19歳。デビューが85年、86年の初めにはマリリーンがヒットしていますので、アイドル時代の人気がピークの頃の写真です。

長山洋子

長山洋子
これが最後のページです。

長山洋子

長山洋子
グラビアの3ページめ。とてもかわいらしい方です。

長山洋子

長山洋子
こういうグラビアを見ると、いかにもアイドルしておりますと言う感じです。当初から演歌という路線だったそうですが、あまりに若いので、いっときアイドルだったとか。現在の姿からはかなり離れた感じです。

長山洋子

長山洋子
アイドル時代の長山洋子さん。まだヴィーナスの前ですので、さほど売れてはいない、けれども、僕はこの曲が大好き(黛じゅんさんのときも)この曲は86年5月発売ですので、86年5月頃の週刊プレイボーイだと思います。
長山洋子 68.1 18歳

風吹ジュン

風吹ジュン
昨日の前のページです。アップしようと写真を見たら、なんと絵のような感じになっていて、急きょ差し替えでページが前後しております。どうもスキャナーがなんだかおかしかったみたいなんですが、どうおかしいかがわからない、、、、。こういうこともたまにはありますので。

風吹ジュン

風吹じゅん
前のページがコントラストが変なので、最後のページを先にアップ。ジュンさんかわいいです、とっても。

風吹ジュン

風吹じゅん
これも見開きのページですので、真ん中にややお見苦しい点があります。少し右が切れていますので、クリックしていただければ全体を見ることもできます。
プロフィール

ひろ

Author:ひろ
1951年生まれ昭和40年代(1965年から74年)はちょうど中学から大学生。平凡パンチ、プレイボーイは中学のときに創刊されました。中学64年から66年、高校67年から70年、大学は71年から74年。なぜか大学に行くまで1年飛んでますが。飛び級か、もしかして。

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